学校長挨拶

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大木 廣巳

「 夢 」を「 志 」に変える一歩を

高等学校の 3 年間は、皆さん一人ひとりのこれからの 人生を左右する大切な時期です。 そのためにも、よく 学び、部活動で汗を流し、そして、多くのよき友人や 先輩・後輩を得て、充実した学園生活を過ごしてください。
本校には、皆さんの能力や才能、特長、個性を 伸ばしていける取り組みがたくさんあります。 ぜひ、 本校で自分の興味のあることや人生の目標、夢などに 向かって一歩ずつ進んでいってほしいと思います。


校訓 三敬精神

自己を敬え

  • 常に自信を持って事に当たり、自分を大切にし、自分を錬磨し、自己の尊厳を自覚するよう努力する。

他人を敬え

  • 常に他人の立場を理解し、尊重して他人に迷惑をかけず、進んで他人のため社会のために奉仕するよう努力する。

仕事を敬え

  • 常に自分の本務を自覚し、勉学意欲を高め、勤労愛好の精神を身に付けるよう努力する。

校訓の制定について

本校の校訓の制定については、創設者上野安紹先生が「處萬變主一敬」から創立の理念と精神をこの「敬」の教えに求めるとともに、かつて早稲田実業で教鞭をとり学校経営に携わっていたことから、早稲田実業の校訓「他を敬し、己を敬し、物事を敬す」の三敬精神を参考に制定したといわれている。
そもそも、早稲田実業では、早稲田大学の創設者大隈重信を支えた早稲田四尊(高田早苗・天野為之・市島謙吉・坪内逍遥)の一人でもあり、早稲田大学の二代目学長となり早稲田実業学校の開設者・二代目校長を務めた天野為之先生が提唱した「他を敬し、己を敬し、物事を敬す」の三敬主義を校訓としている。

sankei.jpg上野安紹先生が揮毫された「三敬」の書

「敬」の出典について

前述のように、本校校訓「敬」は「處萬變主一敬」からとられたとされている。この「處萬變主一敬(万変に処するに一敬を主とする)」は朝鮮王朝の中宗王時代の性理学者(儒学者)である李彦迪(イ オンジョク)の詩文「定静銘」の一句であると考えられている。

「定静銘」 李彦迪 
「直養氣 和養性 樂天理 安義命 志有定 心自静 處萬變 主一敬」
(※このことについて、本校英進科の森本浩雅教諭が「雄飛」第60号にてその論文の一部を発表している。)

校是 「ライオン主義」

・・・獅子つまりライオンは、象をとらえようとする時その力のすべてを出し、兎をとらえる時にもその力のすべてを出す。

この文言は、約800年前の中国南宋時代の詩人陸象山の詩文よりとられた。

三敬精神にあるように、「自分を大切にし、他人を大切に、さらに仕事を大切に」していってこそ、人格は形成され、人間として成長していくものである。そして、それを可能にするためには、それぞれが出会うあらゆることがらに対して常に真剣勝負の気持ちでのぞむことが大切である。つまり、直面するすべてのことにいつでも全力投球すること、この教えが「ライオン主義」である。

「文星」の由来

本校の校名を「宇都宮学園高等学校」から「文星芸術大学附属高等学校」へと変更したのは、平成15年である。
時を遡ると、学校法人宇都宮学園は、平成元年に宇都宮文星短期大学を開校、さらに平成8年に宇都宮女子商業高等学校を宇都宮文星女子高等学校に校名変更、また、平成11年に文星芸術大学を開学した。大学・短大・男子校・女子校の4つの系列校を設立して一貫教育得を目指したのである。これが、「文星」をキーワードとした総合学園化である。
このとき「文星」と名付けられたのは、かつての本学園の顧問であり、文部大臣等を歴任された故高瀬荘太郎先生が、昭和33年の旧図書館竣工に際して揮毫して贈られた「文星照耀」からとったものである。
わが学園において学ぶ若者たちが学問への情熱を高めることを期待して命名したのである。

この「文星」は、中国の司馬遷の編纂による「史記」天官書(紀元前91年頃に完成)にある「文昌星」に由来している。「史記」では「北斗七星の第一星・斗魁を戴く形の六星が文昌星」と記されているが、現在の「おおぐま座」という星座の中には、熊の背中から尻尾の部分にあたる「北斗七星」があり、また、熊の前足の部分にあたるのが「文昌星六星」である。この「文昌星六星」を通称「文星」と呼び、古来より学問成就の神として崇拝している。

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